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川崎の道の今と昔

もくじ

道路どうろを通とおる人ひとと乗のり物もの

乗のり物ものが変化へんかしたことで、
人ひと々びとの暮くらしや道路どうろは
どんなふうに変かわったのでしょうか。

むかし

いま

むかし

約やく3日間かかん

江戸時代えどじだい、一番いちばん早はやい飛脚ひきゃくは、約やく3日間かかんで江戸えど(今いまの東京とうきょう)から大阪おおさかまで手紙てがみを届とどけていました。これは、幕府ばくふの文書ぶんしょを急いそいで運はこぶ特別とくべつな場合ばあいです。町まちの人ひとが使つかう飛脚ひきゃくで、最もっとも安やすい料金りょうきんで運はこぶ場合ばあいは、1ヶ月かげつ近ちかくかかっていました。

いま

約やく1日にち

東京とうきょうから荷物にもつを出だした場合、宅配業者たくはいぎょうしゃにもよりますが、原則げんそく次つぎの日ひには大阪おおさかに届とどけることができます。高速道路こうそくどうろを使つかって、速はやく、遠とおくに運はこぶことができます。

川崎かわさきを通とおる道みち

今いまの川崎市かわさきしを通とおっている主おもな道みちには、
国道こくどう・県道けんどう・市道しどうがあります。

タッチして、
名前なまえや長ながさを
調しらべてみよう!

番号ばんごう 名前なまえ 長ながさm 道路愛称どうろあいしょう
東京丸子横浜とうきょうまるこよこはま 3,238 綱島街道つなしまかいどう
世田谷町田せたがやまちだ 8,792 津久井道つくいみち
東京大師横浜とうきょうだいしよこはま 6,540 産業道路さんぎょうどうろ
川崎府中かわさきふちゅう 10,320 府中街道ふちゅうかいどう/市役所通しやくしょどおり(一部いちぶ)
川崎府中かわさきふちゅう 10,320 府中街道ふちゅうかいどう/市役所通しやくしょどおり(一部いちぶ)
横浜上麻生よこはまかみあさお 3,038 麻生通あさおどおり
横浜生田よこはまいくた 4,583 浄水場通じょうすいじょうどおり
鶴見溝ノ口つるみみぞのくち 10,302 尻手黒川道路しってくろかわどうろ(一部いちぶ)
町田調布まちだちょうふ 1,796 鶴川街道つるかわかいどう
丸子中山茅ヶ崎まるこなかやまちがさき 5,664 中原街道なかはらかいどう
幸多摩線さいわいたません 15,996 多摩沿線道路たまえんせんどうろ
野川菅生線のがわすがおせん 6,594 尻手黒川道路しってくろかわどうろ
扇町川崎停車場おうぎまちかわさきていしゃじょう 4,109 新川通しんかわどおり
子母口綱島しぼくちつなしま 1,266
大田神奈川おおたかながわ 3,995 ガス橋通ばしどおり
稲城読売いなぎよみうりランド前停車場まえていしゃじょう 1,480
上麻生連光寺かみあさおれんこうじ 5,530
真光寺長津田しんこうじながつだ 1,496
川崎町田かわさきまちだ 1,658 西口通にしぐちどおり(一部いちぶ)/市電通しでんどおり(一部いちぶ)
一般国道いっぱんこくどう1号ごう 3,087 (第二京浜だいにけいひん)
一般国道いっぱんこくどう15号ごう 2,696 (第一京浜だいいちけいひん)
一般国道いっぱんこくどう132号ごう 4,562 富士見通ふじみどおり
一般国道いっぱんこくどう246号ごう 7,170
一般国道いっぱんこくどう357号ごう 2,969 東京湾岸道路とうきょうわんがんどうろ
一般国道いっぱんこくどう409号ごう 20,453 府中街道ふちゅうかいどう/大師道だいしみち/浮島通うきしまどおり
高速こうそく自動車じどうしゃ国道こくどう東海とうかい自動車道じどうしゃどう 5,340 東名とうめい高速こうそく道路どうろ
一般いっぱん国道こくどう466号ごう 4,930 第三京浜道路だいさんけいひんどうろ
県道高速横浜羽田空港線けんどうこうそくよこはまはねだくうこうせん 6,355 高速神奈川こうそくかながわ1号横羽線ごうよこはねせん
県道高速湾岸線けんどうこうそくわんがんせん 5,769 高速湾岸線こうそくわんがんせん
川崎市道高速縦貫線かわさきしどうこうそくじゅうかんせん 5,500 高速神奈川こうそくかながわ6号川崎線ごうかわさきせん
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川崎市かわさきしを通とおる主おもな道路一覧どうろいちらん

主要地方道しゅようちほうどう(県道けんどう)

番号ばんごう 名前なまえ 長ながさm 道路愛称どうろあいしょう
東京丸子横浜とうきょうまるこよこはま 3,238 綱島街道つなしまかいどう
世田谷町田せたがやまちだ 8,792 津久井道つくいみち
東京大師横浜とうきょうだいしよこはま 6,540 産業道路さんぎょうどうろ
川崎府中かわさきふちゅう 10,320 府中街道ふちゅうかいどう/市役所通しやくしょどおり(一部いちぶ)
横浜上麻生よこはまかみあさお 3,038 麻生通あさおどおり
横浜生田よこはまいくた 4,583 浄水場通じょうすいじょうどおり
鶴見溝ノ口つるみみぞのくち 10,302 尻手黒川道路しってくろかわどうろ(一部いちぶ)
町田調布まちだちょうふ 1,796 鶴川街道つるかわかいどう
丸子中山茅ヶ崎まるこなかやまちがさき 5,664 中原街道なかはらかいどう

道路どうろ愛称名あいしょうめい標識ひょうしき

主要地方道しゅようちほうどう(市道しどう)

番号ばんごう 名前なまえ 長ながさm 道路愛称どうろあいしょう
幸多摩線さいわいたません 15,996 多摩沿線道路たまえんせんどうろ
野川菅生線のがわすがおせん 6,594 尻手黒川道路しってくろかわどうろ

一般県道いっぱんけんどう

番号ばんごう 名前なまえ 長ながさm 道路愛称どうろあいしょう
扇町川崎停車場おうぎまちかわさきていしゃじょう 4,109 新川通しんかわどおり
子母口綱島しぼくちつなしま 1,266
大田神奈川おおたかながわ 3,995 ガス橋通ばしどおり
稲城読売いなぎよみうりランド前停車場まえていしゃじょう 1,480
上麻生連光寺かみあさおれんこうじ 5,530
真光寺長津田しんこうじながつだ 1,496
川崎町田かわさきまちだ 1,658 西口通にしぐちどおり(一部いちぶ)/市電通しでんどおり(一部いちぶ)

一般国道いっぱんこくどう

番号ばんごう 名前なまえ 長ながさm 道路愛称どうろあいしょう
一般国道いっぱんこくどう1号ごう 3,087 (第二京浜だいにけいひん)
一般国道いっぱんこくどう15号ごう 2,696 (第一京浜だいいちけいひん)
一般国道いっぱんこくどう132号ごう 4,562 富士見通ふじみどおり
一般国道いっぱんこくどう246号ごう 7,170
一般国道いっぱんこくどう357号ごう 2,969 東京湾岸道路とうきょうわんがんどうろ
一般国道いっぱんこくどう409号ごう 20,453 府中街道ふちゅうかいどう/大師道だいしみち/浮島通うきしまどおり

自動車専用道路じどうしゃせんようどうろ

名前なまえ 長ながさm 道路愛称どうろあいしょう
高速こうそく自動車じどうしゃ国道こくどう東海とうかい自動車道じどうしゃどう 5,340 東名とうめい高速こうそく道路どうろ
一般いっぱん国道こくどう466号ごう 4,930 第三京浜道路だいさんけいひんどうろ
県道高速横浜羽田空港線けんどうこうそくよこはまはねだくうこうせん 6,355 高速神奈川こうそくかながわ1号横羽線ごうよこはねせん
県道高速湾岸線けんどうこうそくわんがんせん 5,769 高速湾岸線こうそくわんがんせん
川崎市道高速縦貫線かわさきしどうこうそくじゅうかんせん 5,500 高速神奈川こうそくかながわ6号川崎線ごうかわさきせん

 昔むかしからの六街道ろくかいどう

川崎市かわさきしには、昔むかし6つの街道かいどうがあり、
人ひとびとの生活せいかつにとって大切たいせつな役やくわりを果はたしていました。

府中街道ふちゅうかいどう

川崎かわさきを含ふくむ武蔵国むさしのくにの国府こくふが置おかれていた府中ふちゅうへと続つづく道みち。鎌倉幕府かまくらばくふが開ひらかれるようになると、各地かくちの武将ぶしょうと鎌倉かまくらを結むすぶ政治せいじ・軍事上ぐんじじょうの道みち「鎌倉道かまくらみち」が生うまれ、府中街道ふちゅうかいどうの一部分いちぶぶんも、その役割やくわりを果はたしていました。溝口みぞのくちには、現在げんざいのルートの南みなみに旧道きゅうどうが残のこっています。

大山街道おおやまかいどう

古ふるくから雨乞あまごいの山やまとして有名ゆうめいな大山おおやまを参拝さんぱいする道みちとして知しられ、また駿河するがの茶ちゃや真綿まわた、伊豆いずの椎茸しいたけ、乾魚かんぎょなどの物資ぶっしを輸送ゆそうする商業しょうぎょうルートとしても重要じゅうような役割やくわりを果はたしてきました。江戸時代えどじだいに溝口村みぞのくちむら・二子村ふたごむらが大山街道おおやまかいどうの宿駅しゅくえきとなったことで、いろいろな産物さんぶつがここを通とおり、大おおきく発展はってんしました。

大師道だいしみち

東海道五十三次とうかいどうごじゅうさんつぎの1つ、川崎宿かわさきしゅくから厄除やくよけで知しられる川崎大師かわさきだいしに至いたる道みちです。古ふるくから庶民しょみんの信仰しんこうを集あつめた川崎大師かわさきだいしは徳川とくがわ11代将軍徳川家斉だいしょうぐんとくがわいえなりが文化ぶんか10年ねん(1813年ねん)に公式参拝こうしきさんぱいしてから、一層いっそう広ひろく信仰しんこうされるようになりました。日帰ひがえりができる関東屈指かんとうくっしの霊場れいじょうとして、川崎大師かわさきだいしには江戸えどからの参詣客さんけいきゃくが絶たえませんでした。

津久井道つくいみち

この街道かいどうは、世田谷せたがやの三軒茶屋さんげんぢゃやから登戸のぼりと、生田いくた、柿生かきおを通とおって津久井つくいへ続つづく道みちです。人ひと々びとの生活せいかつ、商人しょうにんの活発かっぱつな活動かつどうを通つうじて発達はったつし、商業しょうぎょうの道みちとして活用かつようされ、津久井つくい・愛甲あいこうの絹きぬを江戸えどに送おくるいわゆる「シルクロード」として利用りようされると同時どうじに、黒川炭くろかわずみなどの特産物とくさんぶつも運はこばれていました。

中原街道なかはらかいどう

徳川家康とくがわいえやすは鷹狩たかがりなどの際さいに、平塚市ひらつかしの中原御殿なかはらごてんで休憩きゅうけいし、この街道かいどうを通とおって江戸えどに向むかいました。相模さがみを通とおるので「相州街道そうしゅうかいどう」、平塚ひらつかでつくられた酢すが江戸城えどじょうへ運はこばれたので「お酢街道すかいどう」などとも呼よばれ、東海道とうかいどうができるまでは重要じゅうような街道かいどうでした。現在げんざいでは県道丸子中山茅ヶ崎けんどうまるこなかやまちがさきと呼よばれています。

東海道とうかいどう

江戸えどの日本橋にほんばしから京都きょうとの三条大橋さんじょうおおはしまで続つづく道みちで、この東海道とうかいどうを大名行列だいみょうぎょうれつが通とおることで多おおくの物ものが行いき交かい、東西とうざいの文化交流ぶんかこうりゅうが活発かっぱつになりました。川崎宿かわさきしゅくは他ほかの宿しゅくより遅おくれて元和げんな9年ねん (1623年ねん)頃ごろ作つくられ、東海道とうかいどうを上のぼる旅人たびびとには六郷ろくごうの渡わたしを控ひかえた最後さいごの宿泊地しゅくはくちとして、そして川崎大師かわさきだいしの参詣さんけいの拠点きょてんとして賑にぎわった宿場しゅくばでした。

街まちの様子ようす

東海道とうかいどうが通とおっていた場所ばしょには、今いまも古ふるいお寺てらや神社じんじゃ、石碑せきひがたくさんあります。

東海道とうかいどうと川崎宿かわさきしゅく

  • 今いまの東海道とうかいどう沿ぞいのまちなみ(川崎区本町かわさきくほんちょう2丁目ちょうめ)
    東海道川崎宿とうかいどうかわさきしゅくは2023年ねんに起立きりつ400年ねんを迎むかえました。

  • 東海道五十三次とうかいどうごじゅうさんつぎ 川崎かわさき「六郷渡舟ろくごうわたしぶね」
    (国立国会図書館所蔵こくりつこっかいとしょかんしょぞう)

  • 街道かいどうには、モノや旅客りょかくを次つぎの宿やどに運はこぶための人ひとや馬うまを備そなえた「宿(しゅく)」がありました。そこに宿泊施設しゅくはくしせつが建たつようになり、宿場町しゅくばまちができました。宿場町しゅくばまちには茶店ちゃみせや商店しょうてんもあって、賑にぎやかな場所ばしょでした。

東海道とうかいどうかわさき宿交流館しゅくこうりゅうかん

東海道川崎宿とうかいどうかわさきしゅくについて映像えいぞうや模型もけいを見みながら、歴史れきしと文化ぶんかを楽たのしく学まなべる施設しせつです。
(川崎区本町かわさきくほんちょう1丁目ちょうめ8番地ばんち4)

川崎市高津区溝口かわさきしたかつくみぞのくちには、宿場町しゅくばまちがありました。蔵くらづくりの建物たてものもあって、宿場町しゅくばまちらしいまちなみが今いまでも残のこっています

大山街道おおやまかいどう

  • 今いまの大山街道おおやまかいどう沿ぞいのまちなみ
    (高津区溝口たかつくみぞのくち2丁目ちょうめ)

  • 大山街道おおやまかいどうと二ヶ領用水にかりょうようすいが交まじわる場所ばしょに架かかる大石橋おおいしばし
    (高津区溝口たかつくみぞのくち2丁目ちょうめ) 小池こいけ 汪おう 氏し 蔵ぞう

川崎かわさきの橋物語はしものがたり

川崎市かわさきしにある橋はしは、2メートル以上いじょうの長ながさのものを数かぞえると、600を超こえます。その中なかでも、多摩川たまがわに架かかっている橋はしだけでも、道路橋どうろきょう12、鉄道橋てつどうきょう9、合あわせて21もあります。

多摩川たまがわに架かかる道路どうろの橋はし(下流側かりゅうがわより 川崎市内かわさきしないのみ)

番号ばんごう 橋はしの名前なまえ 通とおっている道みち 長ながさ(m) できた年とし
1 多摩川たまがわスカイブリッジ 環状かんじょう8号ごう・殿町羽田空港とのまちはねだくうこう 675 令和れいわ4年ねん
2 高速こうそく大師橋だいしばし 首都高速道路横浜羽田線しゅとこうそくどうろよこはまはねだせん 526 昭和しょうわ43年ねん
3 大師橋だいしばし 東京大師横浜とうきょうだいしよこはま(産業道路さんぎょうどうろ) 550 平成へいせい18年ねん
4 六郷橋ろくごうばし 国道こくどう15号ごう(第一京浜国道だいいちけいひんこくどう) 443 昭和しょうわ59年ねん
5 多摩川たまがわ大橋おおはし 国道こくどう1号ごう(第二京浜国道だいにけいひんこくどう) 435 昭和しょうわ24年ねん
6 ガス橋ばし 大田神奈川おおたかながわ(ガス橋通ばしどおり) 388 昭和しょうわ35年ねん
7 丸子橋まるこばし 東京丸子横浜とうきょうまるこよこはま(綱島街道つなしまかいどう) 406 平成へいせい12年ねん
8 多摩川橋たまがわばし 第三京浜道路だいさんけいひんどうろ 382 昭和しょうわ40年ねん
9 二子橋ふたごばし (旧きゅう)国道こくどう246号ごう 440 大正たいしょう14年ねん
10 新二子橋しんふたごばし 国道こくどう246号ごう 577 昭和しょうわ53年ねん
11 東名高速とうめいこうそく多摩川橋たまがわばし 東名高速道路とうめいこうそくどうろ 495 昭和しょうわ41年ねん
12 多摩水道橋たますいどうばし 世田谷町田せたがやまちだ(津久井道つくいみち) 359 平成へいせい13年ねん
子供とネコのイラスト
  • 昔むかしの多摩川たまがわ

  • 今いまの多摩川たまがわ

橋はしが架かけられるまでは、舟ふねによる「渡わたし」が大切たいせつな役割やくわりをしていました。人ひと々びとは、「渡わたし」を使つかって川かわの対岸たいがんの村むらや町まちと行いき来きしていました。

川崎かわさきの道みちと川崎年表かわさきねんぴょう

年ねん 号ごう 道みちの仕事しごとに関係かんけいすること 川かわの仕事しごとに関係かんけいすること その他ほかのこと
1597年ねん(慶長けいちょう2年ねん) 小泉次大夫こいずみじだゆうがニヶ領用水にかりょうようすいの工事こうじを始はじめた。
1611年ねん(慶長けいちょう16年ねん) ニヶ領用水にかりょうようすいと小泉橋こいずみばしができた。
1623年ねん(元和げんな9年ねん) 川崎宿かわさきしゅくが東海道とうかいどうの宿場しゅくばになった。
1629年ねん(寛永かんえい6年ねん) ニヶ領用水にかりょうようすいの宿河原取水口しゅくがわらしゅすいぐちができた。
1725年ねん(享保きょうほう10年ねん) 田中休愚たなかきゅうぐがニヶ領用水にかりょうようすいを直なおした。
1821年ねん(文政ぶんせい4年ねん) 溝口みぞのくちの水みずそう動どうが起おこった。
1872年ねん(明治めいじ5年ねん) 多摩川たまがわに橋はしをかけ、東京とうきょう・横浜間よこはまかんに鉄道てつどうが敷しかれた。
1873年ねん(明治めいじ6年ねん) ニヶ領用水にかりょうようすいから横浜水道よこはますいどうが引ひかれた。
1883年ねん(明治めいじ16年ねん) 旧六郷橋きゅうろくごうばしができた(~1925年ねん)。
1894年ねん(明治めいじ27年ねん) 府中街道ふちゅうかいどうが県道けんどうになった。
1914年ねん(大正たいしょう3年ねん) 多摩川たまがわに堤防ていぼうをつくる運動うんどうが起おこった。
1916年ねん(大正たいしょう5年ねん) 有吉堤ありよしていができた。
1921年ねん(大正たいしょう10年ねん) 川崎町かわさきちょうにはじめて水道すいどうが引ひかれた。
川崎町かわさきちょうに川崎運河かわさきうんがができた。
1923年ねん(大正たいしょう12年ねん) 関東大震災かんとうだいしんさいが起おこった。
1924年ねん(大正たいしょう13年ねん) 川崎市かわさきしが誕生たんじょうした。
1925年ねん(大正たいしょう14年ねん) 旧六郷橋きゅうろくごうばしと二子橋ふたこばしができた。
1928年ねん(昭和しょうわ3年ねん) 多摩川たまがわに河港水門かこうすいもんができた。
1934年ねん(昭和しょうわ9年ねん) 旧丸子橋きゅうまるこばしができた。
1938年ねん(昭和しょうわ13年ねん) 川崎駅前広場かわさきえきまえひろばが整備せいびされた。
1939年ねん(昭和しょうわ14年ねん) 旧大師橋きゅうだいしばしができた。
1941年ねん(昭和しょうわ16年ねん) ニヶ領用水にかりょうようすいに円筒分水えんとうぶんすいができた。
1945年ねん(昭和しょうわ20年ねん) ニヶ領用水上河原堰堤にかりょうようすいかみがわらえんていができた。
1949年ねん(昭和しょうわ24年ねん) 多摩川大橋たまがわおおはしができた。
ニヶ領用水にかりょうようすいの宿河原堰提しゅくがわらえんていができた。
1953年ねん(昭和しょうわ28年ねん) 旧多摩水道橋きゅうたますいどうばしができた。
1955年ねん(昭和しょうわ30年ねん) 京浜第二国道けいひんだいにこくどうが全線開通ぜんせんかいつうした。
産業道路さんぎょうどうろができた。
1956年ねん(昭和しょうわ31年ねん) 南幸町渡田線みなみさいわいちょうわたりだせん(市電通しでんどおり)ができた。
1957年ねん(昭和しょうわ32年ねん) 登戸陸橋のぼりとりっきょうができた。
1960年ねん(昭和しょうわ35年ねん) ガス橋ばしができた。
1961年ねん(昭和しょうわ36年ねん) 府中街道ふちゅうかいどう(新道しんどう)ができた。
1962年ねん(昭和しょうわ37年ねん) 川崎駅前かわさきえきまえの旧地下道きゅうちかどうができた。
1964年ねん(昭和しょうわ39年ねん) 多摩沿線道路たまえんせんどうろができた。
1965年ねん(昭和しょうわ40年ねん) 第三京浜道路だいさんけいひんどうろができた。
1966年ねん(昭和しょうわ41年ねん) 京浜急行本線けいひんきゅうこうほんせんが立体交差りったいこうさになった。
1968年ねん(昭和しょうわ43年ねん) 東名高速道路とうめいこうそくどうろ、川崎かわさきインターチェンジができた。
首都高速道路横浜羽田線しゅとこうそくどうろよこはまはねだせんができた。
1971年ねん(昭和しょうわ46年ねん) 平瀬川ひらせがわとニヶ領本川にかりょうほんせんの改修かいしゅうが始はじまった。
1972年ねん(昭和しょうわ47年ねん) 川崎市かわさきしが政令指定都市せいれいしていとしになり、区制くせいが敷しかれた。
1974年ねん(昭和しょうわ49年ねん) 多摩川たまがわ(狛江こまえ)で水害すいがいが起おこった。
1975年ねん(昭和しょうわ50年ねん) 矢上川やがみがわ、真福寺川しんぷくじがわの改修かいしゅうが始はじまった。
1978年ねん(昭和しょうわ53年ねん) 二子千年線ふたごちとせせん(第三京浜道路高架下だいさんけいひんどうろこうかした)ができた。
1979年ねん(昭和しょうわ54年ねん) 根岸陸橋ねぎしりっきょうができて横浜生田線よこはまいくたせんが立体交差りったいこうさになった。
国道こくどう246号ごうの改修かいしゅうが終おわった。
1980年ねん(昭和しょうわ55年ねん) 南部防災なんぶぼうさいセンターができた。
1981年ねん(昭和しょうわ56年ねん) 五反田川細山調整池ごたんだがわほそやまちょうせいちができた。
1982年ねん(昭和しょうわ57年ねん) 尻手黒川線しってくろかわせん(北部市場前ほくぶしじょうまえ)ができた。
1984年ねん(昭和しょうわ59年ねん) 富士見通ふじみどおりモールができた。(モール化道路事業かどうろじぎょうが始はじまった)
今いまの六郷橋ろくごうばしができた。
1985年ねん(昭和しょうわ60年ねん) 鹿島田菅線かしまだすげせん(久地くじ)ができた。
1986年ねん(昭和しょうわ61年ねん) 府中街道ふちゅうかいどう(溝口みぞのくち~浮島うきしま)が国道こくどう409号ごうになった。
川崎駅前地下街かわさきえきまえちかがいと駅前広場えきまえひろばができた。
1987年ねん(昭和しょうわ62年ねん) 自転車放置禁止区域じてんしゃほうちきんしくいきの指定していが始はじまった。
万福寺王禅寺線まんぷくじおうぜんじせんができた。
防災行政無線ぼうさいぎょうせいむせんができた。
1988年ねん(昭和しょうわ63年ねん) 東急東横線とうきゅうとうよこせん(新丸子しんまるこ)が高架こうかになった。
1989年ねん(平成元年へいせいがんねん) 高津区蟹ケ谷たかつくかにがやでがけ崩くずれ事故じこがおこった。
1990年ねん(平成へいせい2年ねん) JR南武線なんぶせん(武蔵小杉駅むさしこすぎえきと武蔵溝ノロ駅間むさしみぞのくちえきかん)が高架こうかになった。
川崎駅西口広場かわさきえきにしぐちひろばができた。
1991年ねん(平成へいせい3年ねん) 横浜生田よこはまいくた(生田いくた)ができた。
1992年ねん(平成へいせい4年ねん) 川崎縦貫道路かわさきじゅうかんどうろの工事こうじが始はじまった。
1993年ねん(平成へいせい5年ねん) 川崎かわさきハローブリッジ(宮前横断歩道橋みやまえおうだんほどうきょう)ができた。
貝塚京町線かいづかきょうまちせん(天飛てんぴトンネル)ができた。
1994年ねん(平成へいせい6年ねん) 川崎防災かわさきぼうさいセンターができた。
高速湾岸線こうそくわんがんせんができた。
1997年ねん(平成へいせい9年ねん) 多摩防災たまぼうさいセンターができた。
東京湾とうきょうわんアクアラインができた。
五反田川放水路ごたんだがわほうすいろの工事こうじが始はじまった。
2000年ねん(平成へいせい12年ねん) 新あたらしい丸子橋まるこばしができた。
2001年ねん(平成へいせい13年ねん) 新あたらしい多摩水道橋たますいどうばしができた。
尻手黒川線しってくろかわせんが王禅寺おうぜんじまで延のびた。
2002年ねん(平成へいせい14年ねん) 高速川崎縦貫線こうそくかわさきじゅうかんせんのうち、浮島うきしま~殿町とのまち間かん約やく3.5キロが開通かいつうした。
旧六郷橋きゅうろくごうばしの親柱おやばしらが川崎区かわさきくの稲毛公園いなげこうえんに再現整備さいげんせいびされた。
2003年ねん(平成へいせい15年ねん) さいわい歩道橋ほどうきょうができた。
2006年ねん(平成へいせい18年ねん) 新あたらしい大師橋だいしばしができた。
2010年ねん(平成へいせい22年ねん) 高速川崎縦貫線こうそくかわさきじゅうかんせんのうち、殿町とのまち~大師間だいしかん約やく2.0キロが開通かいつうした。
尻手黒川線しってくろかわせんが世田谷町田せたがやまちだまで延のびた。
2011年ねん(平成へいせい23年ねん) 川崎駅東口駅前広場かわさきえきひがしぐちえきまえひろばができた。
2013年ねん(平成へいせい25年ねん) 新あたらしい江ヶ崎跨線橋えがさきこせんきょうができた。
2017年ねん(平成へいせい29年ねん) 溝口駅南口広場みぞのくちえきみなみぐちひろばができた。
2020年ねん(令和れいわ2年ねん) ニヶ領用水にかりょうようすいが国登録記念物くにとうろくきねんぶつに登録とうろくされた。
2022年ねん(令和れいわ4年ねん) 多摩川たまがわスカイブリッジができた。
2024年ねん(令和れいわ6年ねん) 五反田川放水路ごたんだがわほうすいろができた。
川崎市かわさきしが市制しせい100周年しゅうねんを迎むかえた。
  • 河港水門かこうすいもん

  • 旧丸子橋きゅうまるこばし

  • 旧大師橋きゅうだいしばし

  • 六郷橋ろくごうばし

  • 川崎駅前広場かわさきえきまえひろば(東口ひがしぐち)

  • 高速川崎縦貫線こうそくかわさきじゅうかんせん(大師だいしジャンクション)

  • 川崎かわさきハローブリッジ

  • 川崎駅東口広場かわさきえきひがしぐちひろば

  • 溝口駅南口広場みぞのくちえきみなみぐちひろば

  • 多摩川たまがわスカイブリッジ

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